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アムロ・レイ

声優 古谷徹


CD「いまはおやすみ
永遠にアムロ」
RX-78-2 ガンダムのメインパイロット。

1年戦争時、最強のパイロットであり、高いニュータイプ能力を持っていた。

ジオン軍からは「連邦の白いヤツ(白い悪魔、白き流星とも)」呼ばれ、恐れられていた。



「二度もぶった、親父にもぶたれたこと無いのに!」


生誕

宇宙世紀0064年(0063年11月4日との説もある。)、父テム・レイと母カマリア・レイの一人息子として生まれる。AB型。

幼い頃に母と別れ、父テム・レイと共に宇宙へ移民した。
父が仕事で家を空けることが多いため、自宅では一人で過ごすことが多く、コンピューターや機械いじり好きの内向的な少年に育った。
ペットロボットハロを自分で作り上げるなど、機械いじりの腕のほうは確かである。

なお劇中でのセリフから父親に殴られることなく育ったようだ。


一年戦争後期

宇宙世紀0079年9月18日、地球連邦軍のホワイトベースを追ってシャアの乗るジオン公国軍の巡洋艦ムサイがサイド7に接近。ザクによる強襲の中、彼は「V作戦」の極秘ファイル(ガンダムの操縦マニュアル)を偶然入手しガンダムに乗り込む。

強襲を仕掛けたザクを初陣にして2機撃破し、歴史上初のモビルスーツ同士の対戦に勝利した。
また、父親のテム・レイはこの戦闘で宇宙空間に放り出され行方不明となる。

その後、民間人でありながら、人員不足のホワイトベースの乗組員としてガンダムに搭乗。
宿命のライバル、シャア・アズナブルとの戦闘の日々が始まり、何時の間にか地球連邦軍の正規パイロットのように扱われるようになる。

しかし地球降下以後、戦争に晒されていたアムロの精神は日に日に疲弊し、心のバランスを崩していく。

ホワイトベース艦長のブライト・ノアとは度々衝突をし、「ガンダムのパイロットをリュウに任せよう」という発言を偶然聞いてしまったアムロは脱走を決意し、ガンダムに乗って砂漠の大地に消えていった。

この脱走中、砂漠の町に立ち寄ったところ、偶然ジオン公国の軍人ランバ・ラルと出会う。ランバ・ラルの愛人であったクラウレ・ハモンと共に大変気に入られたが、敵同士であったが故に戦場で再会、対峙することになる。

ラルの駆るグフを退けたものの、その口から「勝てたのは腕ではなくモビルスーツの差でだ」と指摘され、ここで初めて「あの人に勝ちたい」と、パイロットとして「生き残る」以外の意味を見出した。

その後、アムロの目の前で軍人として殉じたランバ・ラルの姿は、敵同士であったとは言え大きな影響を与えることとなった。そして、ラルの仇を討つ為に対峙したハモン、兄貴分であったリュウ・ホセイの死が、生きる意味を問いかける事となる。

シャア・アズナブル、ランバ・ラル、黒い三連星等、数々のジオンの戦士と戦う中でニュータイプとしての覚醒を見せ始め、マチルダ・アジャンからはエスパーかとも評された。

ジャブローから再び宇宙に戻ってからも、ドレン大尉率いるムサイを撃沈し、コンスコン機動艦隊との交戦では、敵艦隊擁する12機のリック・ドムのうち9機を3分で撃破した上に、コンスコンの乗る旗艦チベまでも撃沈して見せた。

それ以降もアムロのニュータイプ能力は拡大し続け、ソロモン攻略戦など、幾多の戦闘で大きな戦果を挙げる。


多数の人との関わりの中、サイド6に於いてララァ・スンとの出会いは彼の人生を決定付けたと言っても過言ではない。

同程度のニュータイプであるララァとの出会いによってニュータイプとしての能力に磨きがかかる。

ジオン軍のパイロットであったララァとの交戦中、ニュータイプ同士としての精神の交感を体験するが、その最中に襲い掛かるシャアに反撃した際、シャアを庇ったララァを戦死させてしまう。これは彼の人生の大きな悔恨となり、終生彼を苦しめることになる。

最終決戦となったア・バオア・クー攻略戦でシャアの駆るジオングと交戦、相打ちとなりガンダムは破壊されるものの、最終的に一年戦争を戦い抜く。


「ごめんよ。まだ僕には帰れるところがあるんだ。」



機動戦士ガンダム エンディング 永遠にアムロ

その後

1年戦争後、英雄的扱いを受けるが、地球連邦政府はニュータイプを危険視し、事実上の軟禁状態に置かれていた。

宇宙世紀0087年、グリプス戦役時には監視を抜け出しハヤト率いるエゥーゴの支援組織カラバに合流。
その際、シャアと7年振りの再会を果たす。

宇宙世紀0092年、外郭新興部隊「ロンド・ベル」のモビルスーツ隊隊長として、リ・ガズィやνガンダムを駆り、シャア率いるネオ・ジオンとの戦いに挑む。

ネオ・ジオンとの抗争中、地球へのアクシズ落としを阻止するためνガンダムで押し出した。
その中、アムロとνガンダム、そしてシャアは閃光に包まれ行方不明となる。


連邦軍の公式記録では戦死したことになっており、以後の消息は語られていない。