私の妊娠記録と、2回の流産の手記です。つわりについてや流産に至る経緯などを書いています。

私の妊娠記録と体験談

 

私の妊娠記録の覚え書きです。
下の方には当時の日記を載せてみました。つわりの話とか、流産の経緯などを思いつくままに語っています。ハッキリ言って読みにくいです(涙) ごめんなさい。



     
2000年3月   長男めそ出産。初期に切迫流産、中期にさしかかる頃に卵膜下血腫と、出血トラブルがあったし、結局逆子が直らず予定帝王切開に。今はあんまり病気もしない超元気坊主。

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2001年8月   14週2日で流産。突然の破水で市立病院に行くように言われ、結局処置をしてもらうことに。原因はよく分からないけど、私に熱があったので、何か感染症だったのかも。


当時の日記を読んでみる? 

  → 6月19日  7月17日  8月29日

 

2002年8月   流産。まだ初期だったので、これは胎児の方に原因があったのかなぁ


当時の日記を読んでみる?

  → 8月17日

 

2003年10月   VBACを試みるも失敗。緊急帝王切開で長女めそ子を出産

→ 体験談へ

 

当時の日記を読んでみる?

  → 4月23日  10月23日

 

 

 

1回目の流産

2001年
 6月19日


重大事件です!
なんと、妊娠発覚!!
ここんとこ、どーも調子悪いなぁと思っていたら・・・
すでにつわってたのね・・・早。
うーん、今の経済力と、体力と、気力と、家事能力(笑)で、果たしてやっていけるのだろーか?
第1子出産前から8Kgも増えてしまった今の身体。ダイエットをしようと決意していた矢先なのに。
・・・もしかして、これから出産まで、1Kgも増やさなくていいかも(苦笑)
昨シーズンも、昨々シーズンも行けなかったスキー。今度のシーズンも、その次のシーズンも、きっと行けないんだろうなぁ。はぁ。
でも、もちろんメチャメチャ嬉しいんですよ(^^) 名前、どうしようかなぁ? わくわく。
願わくば、無事に育って元気な「女の子」が生まれてきますように!(笑)


 

2001年
 7月17日


今回は、つわりについてのグチ。読むと気が滅入るかもしれません。ご注意下さい(^^)

毎日暑くって、つわりがつらい・・・
でも、一人目の時に比べたらマシなんだけどねー。あのころは、つわりで病院に行ってもいいって知らなかったから、ただひたすら我慢してたんだけど、あとで知って、もしかしたら病院に行くべきだったのかも、と思ったもん。今回は、「まだ大丈夫」って思えるから。
前は水分も「義務」と思って摂らないと摂れなかったなぁ。今は、努力しなきゃ飲めないこともあるけど、それで「オエッ」ってなることあんまりないし。食べ物も、少しなら入るし。
前に比べて、吐き方もうまくなったし(笑)。一人目の時にひどかった頭痛も、今回は弱めだし。ってもあるからしんどいんだけどね。薬飲めないし。
ひどい吐きづわりの人って、私の周りには経験者がいなくって、みんな「つわりなんてほとんどなかったよー」って言うの。しかもみんな安産で。う、うらやましい・・・

ところで、今の私の食生活は最悪です。ジャンクフードとコーラばっかし。私の身体はもちろん、おなかの子供もジャンクフードとコーラでつくられていくと思うと恐ろしい・・・
今現在飲める飲み物って、「水」と、「粉に水を入れてつくるジュース」と、「コーラ」ぐらい。
2個目のって、大した手間じゃないくせに何となく面倒臭くって、自然と飲むのはコーラか水。
なるべく水にしてますがね。
食べ物は、よく行くスーパー内にマクドナルドがあるので、テリヤキなどを。なぜかテリヤキは食べれるんだよなぁ。他にはスーパーやコンビニの冷やしラーメンやおそば。
ちなみに、一人目の時は、フルーツで暮らしてました。この世に桃がなかったら、きっと私はつわりを乗り越えられなかったでしょう。

・・・つくづく極悪妊婦ですが、つわりなんです。上記の飲食物も、ほんのちょっと食べるともう逆流しそうでダメです。一人目の時、人一倍食い意地の張っていた私にとって、他の人がおいしそうに食べてるのに私は食べれないってのがつらかった。今回は、前ほど食い意地が張ってないので他の人が食べてても、イヤなにおいさえこっちに来なければ平気。あ、ちなみにごはんの炊けるにおいは私、前回も今回も平気です。

つわりの時期って「食べられるもの、食べたいものを食べなさい」ってよく言われるけど、赤ちゃんに行く栄養を考えたらやっぱりこれは問題かなぁ。かなぁじゃなくってだよなぁ。
帳消しにはならないかもしれないけど、栄養補助食品(サプリメント)はがんばって摂るようにしています。これも今はがんばらないと飲めないんだけど、「今飲めそう!」って時にまめに摂ってるよ。しっかり栄養摂ったお母さんから生まれた子って、丈夫でアレルギーとかも出にくいんだって。うーん、責任重大だぁ。 


 


2001年
 8月29日


なんだかまた長ったらしくて暗い内容なんだけど。しかもちょっとグロいかも(^^;)

赤ちゃんがだめになっちゃいました。くすん(ー_ー;)
14週2日でした。前兆としては、ここ2、3日、なんだかおなか張るなーって思ってたの。おなかが張るにはちょっと早い時期だけど、ま、こういう事もあるかーって思って、普通に生活してました。同じ時期に、いきなりつわりがかなり良くなって、結構食べれたので、喜んでたの。・・・まぁ、「つわりは赤ちゃんが元気な証拠」っていうから、一抹の不安もあったにはあったけど

んで、8月20日。朝からおなかが張るなーって感じてたの。前夜、すごい頭も痛かったし、今日はゆっくりしてよって思って家でゴロゴロしてたら、午前11時ごろ、いきなり何か流れ出るような感じがあって。「・・・・えええぇ??」と思ってすぐにトイレに駆け込んだら、出血だと思ってたのが水。「ちょっ、ちょっとこれって、もしかして、っていうか、もしかしなくっても、破水ってやつぅ??」と、多少パニクる。1歳5ヶ月のめそが少し前から外に行きたいそぶりを見せていたんだけど、出かけなくて良かったーと心底思う。

「とりあえずは病院だ」と思って準備をしながら、うちから車で10分かかんないところにある実家に電話をしたら、生憎母親は夕方まで外出中。電話に出たちょっと身体の不自由な父親じゃあ役に立たないと判断して(^^;)、めそと二人で病院に行くことを決意。ちょうど診療時間内だったし、予約も要らない病院だけど、一応電話をしてから車で病院へ。その間にも、かなり水が出ちゃって、半泣き状態だったけど、とにかく事故らないように注意して病院に到着。
動揺しすぎて「タクシーで行く」と言うことをすっかり忘れていた私。電話の前に、タクシー会社の電話番号も貼ってあったのにね。

産院に着いて、ウロチョロしまくるめそを追っかけつつ、順番を待つ。「きっと本当は絶対安静だろうにー」と心の中で泣きながら(^^;) でも、順番を早めてもらったので程なく診察。
先生は、診察が終わるなり、「心音はしっかりしてるけど、子宮の中の羊水がかなり減っちゃてるねぇー」「入院だね。安静にしてないと。紹介状書くから、市立病院にすぐ行ってくれる?」とのこと。ああ、やっぱり入院かぁ、とは思ったけど、そうか、市立病院か。ここ、産婦人科しかない個人病院だもんなぁ。切迫流産だったらここでも良かったのかもしれないけど、安定期前の破水ってやっぱそういうレベルじゃないよなぁ。やっぱり、設備が整ってて、小児科もある市立病院の方が安心だろうなぁと思いながら、再びめそを追い掛け回しつつ(誰かあいてる看護婦さん見ててよーとか思いまくり)、会計を待つ。

それからまためそを連れていったん家に戻り、半休を取ってもらったLeikと急遽来てもらったLeikのお母さんに付き添ってもらって市立病院に入院。ベッドがなくって2泊3日は陣痛室でした(^^;) お産もその時はラッシュで、「あー」とか「痛いー」とか「もうやだー」とかしょっちゅう聞こえてきてて、「がんばれー」って感じ。

私の方はというと、初日から羊水がもうほとんどない状態。それなのに、入院3日目でも心臓はしっかり動いてるんだよねー。すごい。でも、先生や看護婦さんみんな、遠回しにだけど「もうダメだ」って感じの言い方で、「やっぱダメなのかなぁ」とちょっと悲しくなる。
破水の原因としては、はっきりとはしないんだけど、感染症の可能性が強い(入院初日に熱あったし)とのこと。妊婦って免疫力弱いしね。しかも、破水をすると、赤ちゃんにもバイ菌が行っちゃったり、 母体も危険になる可能性があるってことで、結局赤ちゃんを出すことに決めたのが、入院3日目の22日。「まだ赤ちゃんの心臓は動いてる。こんなに頑張ったのに・・・」と、なかなか踏ん切れなかったけど、破水をしたってことは、その原因があったってことだし、仕方がないことなんだよね(T_T)

23日は、朝から薬で陣痛をつけていきました。薬を使ってからしばらくすると少し出血があり、少し下腹部が痛いことも。お昼過ぎからだんだん痛みが強くなり、陣痛室に移ることに。
「定期的に痛む?」とか、「赤ちゃんが下りてきたような感じしない?」とか看護婦さんに訊かれたんだけど、全然わからない(^^;) 痛いのは波こそあるけど時間が計れるほどの波じゃなくてずっと痛いし、「いきみたくなる」(どうも、うんちがしたくなるって感じらしい)ってのもよくわからない。
そうこうしているうちに、痛みがもっと強くなってくる。でも、痛いのより、ひたすら「つらい」って感じ。もうつらくてつらくてウーウーうなってました。
めそは帝王切開で産んだので、「普通のお産ってこんなにつらいのかなぁ?」「いや、赤ちゃんが大きい分、きっともっとつらくってもっともっと痛いんだろうなぁ」「帝王切開は、産後が痛くてつらいけど、分娩は産む前だもんなぁ。でも、帝王切開の時の背中に刺す麻酔は、もう2度としたくないぞっ」「でも陣痛が長引けば、つらいよなぁ」などと、つらさを紛らわすために、帝王切開と普通分娩を比較検討(?)してみたり。
出血の量も急に多くなって、「横向いて寝てたいけど、仰向きに寝てないと漏れる」って感じで。でも、いつ看護婦さんを呼んだらいいのかさっぱりわからず。

結局、ものすごくつらくなって看護婦さんを呼んだ時には、もう少し出ちゃってました。
すぐに隣の分娩室に移って台に乗るのと、赤ちゃんが出たのはどちらが早かったのか。
そのあと、残った胎盤を引き出してもらったんだけど、これもまた痛くてつらくて、泣き叫んでました。助産婦さんが手を突っ込んで引き出すのよ(^^;) でも内心、「こんなに泣き叫んでると、あとで看護婦さんや先生方に話の種にされるかも」とかも考えてた(笑)
んで、そのつらい中、点滴されたり血圧計られたりしながら、なんとか処置も終わって、そこでしばらく休むことに。疲れ果てて寝てました。分娩台の上で、よく寝れたもんだ(^^;)

そうそう、処置が終わったあとで、看護婦さんに赤ちゃんを見せてもらいました。
「見ない方がいいかもよ」って言われたけど、どうしても見ておきたくて。
赤ちゃんは、身長15cm、体重69g(あとで知ったんだけど。ちゃんと計るんだね)の、まさに手のひらに乗るほどの大きさで、まだ身体は細かった。きれいな赤い色をしてて、目はまだできてなかった感じだけど、鼻も耳も口もしっかりあって、少し口が開いてたみたい。手も足もちゃんとしてて、こんなに小さいのに、ちゃんと指も5本ずつ生えてるのがわかりました。性別は不明。赤ちゃんも苦しかったのかなぁ?って思うと泣けてきちゃうけど、次は元気に生まれてきてねって心の中でつぶやいて。

その日はちょっとおなかも痛いし出血もあってしんどかったけど、やっぱり普通のお産に比べたら、回復も早い早い。つわりもなくなったからごはんも食べれるし(実は、入院してからも、食後に吐いていた私 ^^;)、同室の人たちがみんないい人たちで、楽しく過ごせました。

いつ退院なのか、さっぱりわからなかったんだけど、25日にいきなり「今日退院していいよ」って言われて、「あ、そうなの?」ってあわただしく退院しました。
もしかしたら長い入院になるのかもなぁって思っていたけど、赤ちゃんが出てしまえばあっけない。もう少し病院でのんびりしててもよかったかも(笑)

そうそう、総合病院って言うと、私はどうもいいイメージがなかったんだけど、今回入院してみて、「結構いいじゃん」って認識を改めました。まず、先生方が親切。よく、「流れ作業的に診察される」って聞くけど、最初に診てくれた先生も、産婦人科長の先生も、納得いくまで丁寧に説明してくれました。多分他の先生も悪くないと思う。
看護婦さんたちも親切で、関係ないけど笑顔の素敵な可愛い看護婦さんが多かった。でも、やっぱり大きい病院だと、それだけ忙しくて、心配な患者さんの所には頻繁に様子を見に行くけど、様子を見ているしかない私のところにはあんまり来てくれなくってちょっと寂しかった。
食事も、「病院はまずい」ってイメージが強かったけど、そのせいか、「あ、結構食べれるじゃん」って印象。想像してたのよりおいしかったよ。これで、あともう一品あるとかなりいいのに。普通の患者さんはいいかもしれないけど、おなかがすく産婦さんには全然足りないんじゃないかな?って思った。

さて、私の赤ちゃんは、というと、12週を超えた子は、役所に届けを出したりする義務があるとかで、そういう手続きをしたあと、今日、斎場に遺体を置いてきました。それまでは病院で預かってもらってたの。そのあとの供養とかは、全く個人の自由なんだけど、斎場に持っていくまでは義務なんだそう。ほんとに置いてくるだけなのかと思ったら、お焼香はさせてもらいました。めそもおとなしくお焼香させてもらってたよ。

ってことで、一段落。
予定日は、2月19日でした。
私の誕生日が2月20日だったので、「よーし、同じ誕生日に産むぞー!」
って張り切ってたのにね。
・・・でも、同じ誕生日で、血液型もいっしょとかだったら、私みたいな子に
なる可能性大!? そ、それはまずい・・・とか思っちゃった(^^;)

ま、次にいつできるかは、授かりものなのでわからないけど、たぶん、今年スキーには行けるでしょう(^^) うふふ。・・・なんて、不謹慎だけどそんなこと考えて気を紛らわせてます。

さて、長々と書いたけど、つたない文章を読んでくれた人、どうもありがとう。
友達や親戚の方々、心配してくれるかもしれないけど、私は大丈夫。
次は元気な女の子を産むぞ!!


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2回目の流産

2002年
 8月17日


みなさんは、お盆をどうお過ごしでしたか?
私は、なんだか怒濤のお盆でした。

私はなんと! 流産をしてしまいました(T_T) もーびっくり。
以降は私の覚え書きみたいなものだから、いつもに増して読む必要ないですよ、みなさん。しかも、長い! 長い! 長すぎる!

 

妊娠の兆候はあって、基礎体温も高温続きだし、検査薬も+判定だったし、その割につわりもほとんどなくって、もー、いいことずくめ!!! って思ってたのね。
順調そうだから、病院に行くのはお盆の後でいいかー、診察代も高いし、なんて悠長に構えてた私。
と・こ・ろ・がっ!
前述の花火に行った次の日(8/11)、少量の出血。でも、量もちょびっとだし、色もくすんでるし、おとなしくしてればいいかなーとその日は様子見。

次の日から4日間は、珍しくLeikの会社がまともな連休をくれたので、うち3日ほどは、Leikの実家にお世話になる予定だったんだけど、出血が少し増えてたので、里帰りの前に病院へ。
めその時からお世話になっている病院は、いつもより少し人が多いなーと思ったら、次の日からお盆休みって書いてある! あー、今日やっててよかったーと思いつつ、知らないお兄ちゃんとはしゃぎまくるめそをなだめながら診察を待つ。

診察台に上がって、「うん、妊娠してるねぇ。・・・あれっ、出血してるじゃない。」「そうなんです、昨日から・・・」みたいな会話の後で、診察台を降り、先生に超音波写真を見せてもらいながらお話。「まだごく初期だねぇ。5週ぐらい。計算だと6週ぐらいなんだけどねぇ」
えっ? 私の計算でも6〜7週ぐらいなんだけど。もしかして育ってない?なんて不安になる。でも、超音波の写り方によって少し大きさも変わってくるか、と思うようにする。
とりあえず、おとなしくして、1週間後にまた診察してもらうことにして、そのままLeikの実家へ向かうことに。

Leikの実家までは、早くて30分、大小の海水浴場がいくつか近いので、夏の時期だと渋滞して1時間30分ぐらいかかることも。それでも1時間ぐらいで行けたのかな?
私は普段からなーんにもしない嫁なんだけど、今回は口実があるのでいつもに増してなーんにもせずにゴロゴロを決め込んで、ダンナの実家でものーんびり。
めそは滞在中2回ほど、Leikと海へ遊びに行ったよ。「海水浴場」っていうようなところじゃないけど、すぐ近所に穴場的な砂浜があるので、そこで水遊び。水着のまま行ったり来たりできる近さってすばらしい!

で、私はというと、なんだかだんだん出血が多くなってくる。うひ〜。
私のイメージする「流産」は、あまり前ぶれなく、サラサラとした鮮血が流れ出てくるっていうもの。実際、めその時にやった切迫流産はこんな感じだった。
だから、そうサラサラもしてない出血なので、あんまり重篤でもないんじゃないかな?と楽観視しつつも、怖いのでなるべく寝てる。

次の日(8/13)も、朝から出血がまた増え、少しおなかも痛くなって、心配で病院に電話する。看護婦さんは、要約すると「寝てなさい」みたいなことを言って、「また出血が多くなったりおなかが痛くなったら電話してね」と締めくくる。うーん、もうちょっと何か言ってよーって感じだったけど、もっともなので寝てる。
その間、車でめそと遊びに行こうとしたLeikが親の車にぶつけるというハプニング。まだ新車なのに〜と嘆くも、「被害は身内の車だけだったし、これで悪いことはこっちに行ったから、きっと赤ちゃんは大丈夫」なんて考えるようにしたりもする。

午後、出血もまた増し、おなかの痛さは生理痛最高潮よりも少し痛い感じになって、いよいよ「これはヤバイ!」と自覚。お義母さんに病院に電話してもらうと、「休みながらでいいからゆっくり来て」と言われ、痛みの合間を縫ってしたく。

・・・考えてみたら、そのときの痛みって、ミニ陣痛みたいなものだったんだと思う。わかりにくいけど波のようなものもあったし。
出かける前にトイレに行こうと思って座ったとき、出血と共に固まりみたいなものも出てきて・・・
内心パニックになりながら、とにかく病院へ!と、車に乗り込む私とLeik。
病院へは、40分ぐらいで着いたのかなぁ? お盆休み中だったから、先生もお出かけ中で、私たちが病院に到着したすぐ後に、先生が車で帰ってくるのが見えた。
最初に応対してくれた看護婦さんは、めそを産んだときにお世話になった、注射のメチャメチャ上手なYさん。その笑顔にちょっとだけ落ち着いたんだけど・・・。
診察してもらうと、結果は悪い予想的中。さっき出た固まりってのが、やっぱり赤ちゃんの袋だったみたい。

「ごはんたべた?」
突然の質問に、意図もわからず、「はぁ・・・2時ぐらいに2口3口ぐらい・・・」とこたえると、先生は時計を見つつ、「じゃあ、処置は7時ぐらいになるねぇ」
そうか、流産したら、後処置しないといけないんだっけ。子宮内をキレイにするの。これをしないと、残留物から感染症を起こしたりして、次の妊娠に影響したりするらしい、という知識はあったので、流れてしまったモノは仕方がないから処置をしてもらうことに。
「処置は2,3分で終わる簡単なものだけど、痛みを伴うので麻酔を使うからね。7時ぐらいに処置をして、だいたい9時ぐらいには帰れるんじゃないかな?」
・・・え? 今日帰れるの??
「ゆっくり休みたかったら泊まっていってくれてもいいよ」
いえいえ、では帰ります。Leikも迎えに来てくれると言うし。
で、麻酔の種類は? 帝王切開の時に経験した、背中から入れる部分麻酔は勘弁よ。
「静脈から入れる全身麻酔よ。」と看護婦さん。
おー、全身麻酔か、初体験。そりゃ、危険もあるけど、訳わかんないうちにやってもらえるのは嬉しい。
でも、全身麻酔で日帰り入院? なんだかすごい。

夜までは病室で休んでたんだけど、聞きつけた私の両親が様子を見に来てくれて、だいぶ暇つぶしになったかな。
母は、流産を3回経験していて、自分の体験をいろいろ語ってくれた。今から私がやる後処置を、麻酔なしで、しかも新米医師に、「面倒だなぁ」などと言われながらやられたの!と、なんだかすごい体験。やっぱり麻酔がないとすごく痛いらしい。私は麻酔ありでよかったー。

おなかはそんなにすかなかったけど、ちょっと喉が渇いてしんどいなーと思いつつ過ごした数時間後、まだ7時前だったけど、看護婦さんが、そろそろ手術室へ、と呼びに来てくれた。
手術台の上に上がらされ、まずは左手に点滴。「これはもう麻酔薬?」「ううん、まだよ」「じゃあ、ブドウ糖とか?」「そうそう」
次に右手に血圧計と、なんだか黒いものを巻かれる。「これはなんですか?」「これは脈を計るものよ」
「ちょっと失礼」と、鼻に何かズボッと入れられる。「・・・これは?」「これは、呼吸数を見るものなの」・・・口呼吸してたらわからないのでは?と思ったけど、それは何となく訊けなかった私。
それから右手の親指に何か挟まれる。これは訊けなかったけど、酸素量を見るもの?
そうこうするうちに、準備も終わり、先生入室。
「Tさんと知り合いだったの?」開口一番に言う先生。保険の代理店をやっているTさんは私の叔母さん。さっき保険のことでちょっと電話をしたんだけど、そしたら「そこの先生とは友達だから、電話しといたげる」って言ってて、本当に電話してくれたんだね。「はい、私、姪なんですよー」などと答える私。

さて、先生が入ってきたので麻酔を入れる。これが痛い! 入ってくる左手が痛い! もちろん、すぐにわからなくなるんだろうけど、「痛いです」と言うと、先生、「この麻酔、しみるんだよねー」と朗らかに答えてくださった。
で、それが手術前の最後の記憶。

目が覚めると、病室に。術後の点滴も終わり、看護婦さんが外してくれた直後だったみたい。その後もウトウトして、午後8時30分過ぎにようやくだんだん頭がはっきりしてきたって感じ。
まだかなーと思ってた9時半頃、看護婦さんに簡単な後処置をしてもらって、迎えに来てくれていたLeikと帰宅。やっぱりその日は麻酔の影響か、手術の疲れか、フラフラしっぱなし。でも、シャワーも浴びれたのよ。

Leikの里帰りは1日延ばしてゆっくりお世話になってたんだけど、次の日からとにかく眠い! 疲れてるのかなー。朝はいつもより30分以上遅く起きて、午前中に昼寝、午後にも昼寝、夜が来たらまた寝るって感じ(笑) もともと3年寝太郎な傾向のある私だけど、寝ても寝ても眠いっていうのは我ながらすごい! 母親に聞いたら、彼女も眠かったって言うから、流産のあとってそんななのかも。ホルモンバランス崩れるしね。

さて、流産から数日たって、だいぶ落ち着いたかな。Leikが連休でホントによかった。助かります(^^;)
ちなみに、私独自で算出した予定日は4月1日でした。今年度中に生まれれば、めそとはちょうど3学年違いで、私の理想だったの。兄弟並んで受験勉強(笑) ま、それは叶わないけど、また早めに子どもが欲しいな〜。
あ、めそが留年や浪人したら並んで受験勉強になるね(爆)

一部、「妊娠したかも」って言ってしまった友人方には心配をかけちゃって申し訳なかったな。
さすがに今回はヘコんだけど、流産後ってできやすいって言うし、またがんばるぞっ!


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第2子めそ子

2003年
 4月23日


どうせ無事生まれても、そうでなくてもココに書いちゃうから、言っちゃおう。
妊娠してます。予定日は10月末です。

2月の下旬に、ここ数年来ない、ひどい風邪をひいてしまったのは、妊娠してて免疫力が落ちてたせいなのね。

つわりもあります。白いごはんは食べられません。味付きだと食べることもあるけど。柑橘類よりはリンゴかなぁ。元々料理が苦手なので、よけい作る気が起こらず、出費は痛いが買ってきたり、実家でもらったりが多いこのごろ。作るのは麺類ぐらい。麺類好きの家族で良かったよ。

でも、今回のつわりは軽い!
だって、めその時は、1日最低5回ぐらい吐いて、水を飲むのにも苦労し、喉を通るのは少量のフルーツのみ。気持ち悪い上に胸焼けやら頭痛も結構あって、とにかくしんどかった。体重なんか5Kgは落ちた。つわり期間も長くて、安定期に入っても吐いてたもんなぁ。
それが、今回は、1日最大で5回ぐらいしか吐かないし、そんなに多くないけどとりあえず食べることはできる。ってーか、食い意地が張ってるんだろうけど。だって胃に留めておけなくて、食べても大部分は吐いちゃうから。食べて吐くので、過食嘔吐の人みたい。体重も今のところ2Kgぐらいしか減ってないし(もうちょっとダイエットになってもいいのに〜)、頭痛もほとんどないし、胸焼けもひどくない。夕方以降は、さすがに疲れも増すのでグロッキーなこと多いけど。

数回の妊娠で身体が慣れてきたのか、初めての春のつわりだから軽いのかはわからないけどね。過去3回妊娠したけど、どれも夏のつわりに苦しんだから、今回は比較的計画的なのさ♪ 反面、つわりのおともフルーツ・桃がまだないってのがちょっぴり辛いんだけど。

ところで、汚い話続きですが、吐く時って、声出ちゃう?
私は出ちゃう。まるでゾンビの雄叫びのような声が(笑)
「もうちっと静かにやれ」って言われるんだけど、そううまくもいかないんだよねぇ。
我が家のトイレは外の駐車場に面している(っても、うちのアパート関係者以外はあんまり入ってこないところだけど)ので、ちょっと恥ずかしい。外出先のトイレで吐く時はもっと恥ずかしい。
ちなみに、なかなかうまく吐けなくて、涙はもちろん、鼻水もダラ〜ッと出ちゃうんだよねぇ(^^;)
小さい頃、車酔いしやすくて、すぐ吐いちゃってたんだけど、そのころとはやっぱりちょっと吐き方が違うような気がする。あんまりよく覚えてないけど。今の方が吐くのが辛い。どうにかならないもんかねぇ。


そうそう、今回の妊娠、今のところトラブル皆無なんですのよ♪
めその時も2回ぐらい出血騒ぎがあったし、その後の妊娠は継続できなかったから、今回もトラブルがあるんじゃないかな〜と内心不安なんだけど、だんだん、「これはマジに元気に生まれるかも!」と思えるようになってきた今日この頃(笑)
ま、無事生まれるにしろ、トラブル発生にしろ、またココでご報告しますので、奇特な方は読んでみてね♪

 

2003年
 10月23日


昨日は阪神サヨナラで1勝! バンザーイ! このまま4連勝よ!!

・・・などと勢いづいてますが、夕べから前駆陣痛がひどくて・・・。
前駆陣痛とは、いわば陣痛の練習。すぐにすぐ本陣痛になっちゃうことはないし、全く前駆陣痛がない妊婦さんもいるんだけど、私は10ヶ月に入った頃からちょくちょくおなかが痛くなってるの。
昨夜はこれがかなり痛くて、痛みで夜中に目が覚めちゃうほど。まだ規則的なおなかの張りは来てないから、前駆陣痛なんだろうけど。うぅ〜、じゃ、本番はどんなに痛いんだろう!? とちょっと不安になったり。おりものの量も以前より明らかに増えてるから、もしかしたらそろそろ産まれるのかなぁ?
先週の検診では、「子宮口は柔らかくはなってるけど、まだ赤ちゃんはそんなに下がってないよ」って言われてるし、今もそんなに下がってるようには感じられないし、前駆陣痛以外のお産の兆候はないから、まだ大丈夫か〜、と暢気に構えてるんだけどね。

あ、予定日は28日。もう1週間切ってます。だからいつ生まれてもいいんだけど、まだ実家にも帰ってないし(オイオイ)、名前も考えなきゃだし、何より優勝決まってから産まれてきてほしい(笑)し、まだおなかにいてくれていいのになぁ。

実家に帰るのは今度の土日になりました。もう1週間前に帰るつもりだったんだけど、車で10分以内と近いし、面倒になっちゃって(^^;) いつも歩きで幼稚園に行ってるめそは、これから1ヶ月間は園バスに乗れることになりました。実家に同じ幼稚園のバスが通ってて、しかも短期間だけでも乗せてくれるなんてなんてラッキー! 料金はまるまる2ヶ月分払うんだけどね。楽しみにしてるめそ。

さて、お産が近づくと、楽しみ反面、いろいろ不安だらけなんだけど、何とかなるかな〜。
ちなみに今回はVBACです。VBACとは、帝王切開後の経膣分娩のこと。めそは逆子だったため、帝王切開なのよ。で、私の通ってる病院では、経過が順調なら、2人目は経膣分娩を試みることができるので、どっちが大変か、比べてみるつもり(^^;)
今回は妊娠経過もず〜っと順調だし、自然分娩なら胎盤も見られる!
胎盤って妊婦に栄養が行き届いているとすごくキレイなんだって。最近はキレイじゃない人が多いらしいんだけど、私のはどうかな?と、めその頃からすごく気になってるんです。サプリメントとかはしっかり摂ってるので、結構自信があるんだけど。

もちろん、VBACにもリスクもあります。子宮破裂の可能性が高まるってのが第一。100例に1例あるかないかぐらいの確率だけど。子宮破裂しちゃうと、母子共に危険なのです。母親死亡、胎児は死亡、もしくは重篤な障害が残る例が多い、なんて言われたらね〜。そこに、うまく陣痛がつかなかったりして陣痛促進剤なんか使っちゃうと、更に危険が増すので、促進剤は使わない方針のところが多いみたい。
だから、帝王切開は過去1回のみで、術後も今回の妊娠中も経過が順調であり、多胎(双子とか)じゃなく、ちゃんと陣痛が来る妊婦さんじゃないと、VBACはできないのね。あと、「恥骨が痛かったら傷に近いところが痛いわけで、危険度が増すので切ります」と言われてます。

私が行ってる病院は、VBACできそうなのが前回帝王切開した3人のうち1人ぐらい、その中で、経膣分娩に成功する人は10人中8人ぐらいと言われました。つまり、残りの2割は途中で帝王切開に切り替わっちゃった訳ね。

この病院での子宮破裂は1例も発生してないって言うけど、じゃあ私もそうか、というと、可能性がゼロではないわけで、私が最初の1人目になっちゃうかもしれない。
でも、だからといって、帝王切開にしたから安全、って訳でもなくて、帝王切開だってリスクのあるお産なんだよね。(先生方は慣れてるから、めそのときは世間話しながら手術してたけど ^^;)
胎児にとっては比較的安全らしいんだけど、帝王切開だって、手術だから危険がないことはないもんね。麻酔もするし。一番危険の高いのが、手術後に起こる肺塞栓(エコノミークラス症候群)らしいよ。しばらく下半身が動かないからね。

と、いろいろ考えると、不安にもなります。でも、普通に産めるのであればやってみたいし、帝王切開は回数に限りがあるから、もし3人目4人目(破産しそうだけど ^^;)なんてできちゃっても、今回普通に産んでれば問題ないし、なにより私はあの腰に刺す部分麻酔は、できることなら2度とやりたくないっ! なんてことないよ、って人も多いけど、も〜、あれは私にとって辛すぎ。だから、うまく普通に産めるといいな〜、と思ってます。
帝王切開になると、生命保険からお金が下りるので、経済的には少しラクなんだけどね(笑)。

今は楽しみにしてるふうのめそも、実際赤ちゃんが生まれたらどうなんだろうな〜。仲良くしてくれるといいけど。実家に戻っている間、1人取り残されることになるLeikは人並みに暮らせるのだろうか?(笑) 今年やらされてる、町内の組長の仕事もいくつかやらなきゃだし。

なにはともあれ、もうすぐ赤ちゃんに会えます♪ 楽しみ〜!

 

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